「おはよモモ。妹ちゃんはどんな感じ?」
菜々子を職員室に案内し、教室に向かうところで木花沙羅が声を掛けてきた。小学校からずっと一緒の親友だ。真っ黒に輝くストレートヘアが羨ましい。
「おはよう沙羅。どんな感じ? う〜ん……」
階段を登り始める。百々子は複雑な表情だ。
「ちょっとざわついてるけど、それかな?」
「ざわついてんの?」
「モデルみたいな子がいたとか、いろいろ聞こえてきたで」
「モデル?……まぁそうか」
「そうなんや? あんたも脚長いし、妹やったらそうか」
「私なんかぜんぜん。血ぃつながってると思えんわ」
沙羅が探るような目で覗き込んでくる。
「なに?」
「似てへんの?」
「似てへん似てへん」
「へぇ~ 会うの楽しみやわ」
4階まで来ると、なるほど生徒たちは「謎の女」の話題で盛り上がっている。
「アッスン、おはよう」
教室に入ると、滝明日晴と目が合った。彼も小学生から一緒の親友だ。身長180センチでアイドルのような美形、しかも優しいというハイスペック男子なので、小学高学年のころから、常に女子たちの話題の中心にいる。そんな明日晴が、「だめだこりゃ」という苦笑いをしている。
「おはようモモ、沙羅も。これこれ」と言いながら親指で景虎を指す。
「トラ・オン・ステージや。妹さん、なんかすごいん?」
そこには菜々子のことを熱弁する景虎がいた。情感たっぷりに話す姿はなかなか板についており、男子も女子も引き込まれている。
(マジかよこいつ。一体、菜々子はおまえのなんやねん!)
そんなことが頭をよぎったが、幸せたっぷりな姿と見事な語りっぷりを見ると、楽しさが伝染してくるようだ。
「妹ちゃんの話してんの?」
沙羅が明日晴に話し掛ける。
「そうそう。沙羅は会った?」
「まだ。明日晴もまだやんな?」
「まだやで」
「早く会いたいな」
沙羅は明日晴から視線を外してぼそっとつぶやいた。髪の毛を指でくるくるしている。
「何組なん?」
沙羅は百々子に視線を向ける。
「ん? 何組やろか?」
百々子は、沙羅のストレートヘアがもとに戻ろうとしては丸められ、また戻ろうとするのをじっと見ていて、自分の回答が足りていないことに気付くまでしばらく時間が掛かった。
「えっと、知らんよ。さすがに同じやないんちゃう?」
沙羅の髪の毛が乱れることの方が気になる。
「なんで知らんの?」
沙羅は呆れた表情だ。
「知らんよ、聞いてない。というか決まってたんかな?」
「いやオレに聞かれても」
明日晴は困惑して百々子から視線を外す。
「……そりゃそうか」
「どんな子なん?」
「まぁ、私とぜんぜん似てへんわ」
「そうなんや」
「紹介するし、楽しみにしといて」
百々子は明日晴に区切りの笑顔を送ると、沙羅の髪の毛に手を伸ばし、くるくるしている右手を掴んだ。
「もう、髪の毛変なるで」
「あ? ほんまや」
「沙羅たまにするよな?」
「ごめんごめん」
「せっかく綺麗やのに」
「そう? 私はモモのがいいけど」
あとの言葉は尻すぼみだったので、百々子は気付かずに続ける。
「那智黒みたい」
「分かりにくいわ」
「スウィーティーやし」
「アメちゃんのほうやん。せめて石にして」
「ハハハ」
担任が教室に入ってきてホームルームが始まった。
* * *
昼休みになった。いつメンの4人が集まって食事をする。沙羅と明日晴は窓側だ。沙羅の正面に百々子が、百々子の右側に景虎というのが4人の定位置だ。
菜々子はかなり噂になっていた。どうやら男子よりも女子の方が興奮しているようだ。百々子も「どうしているかな」と考えはしたが、探してまで会いに行くほどの気持ちは沸かなかったので、そのまま午前が過ぎたのだ。
姉妹だと知っているのは1組の生徒だけだった。景虎の布教活動のおかげでしっかり浸透した。景虎のハイテンションにはご臨終の気分だが、なんの影響力なのか、1組ではミーハーな質問をしてくる者もおらず、いい感じで妹の存在が伝わった。まるで模範的なファンのようだ。
そんなわけで、いつも通り快適な時間を過ごせていた。
「会わんかったん?」
沙羅が百々子に問い掛ける。
「うん」
「オレもまだ見てへんわ」と明日晴が続く。
「見に行かんかったん?」という沙羅の声色は少し明るい。
「どの子かな? とは思ったけど、探しまではせんかったよ」
「オレも見てへんわ〜」
景虎はため息を漏らす。「5〇1がないとき〜」のような、関西でお馴染みのCMと同じテンションだ。
「一昨日一緒にBBQしたやろーが」と百々子がツッコむ。
「楽しくしてるかな〜」
「心配なん?」
「BBQおもろかったな〜」
百々子に笑い掛ける。
「ん? そやな」
「やっぱ心配やで」
「まぁ、それはちょっと」
「あの寒い風呂なんやってん?」
「あれは……」
百々子は目を伏せる。
「楽しくしてるかな〜」
「……っておい! わざとか?」
「なんやねん?」
沙羅と明日晴がおもしろそうに見ている。
「あんたらまたやってんの?」
「急に始まるよな?」
明日晴と沙羅がこの確認をするまでを含めて、4人の間で何度も繰り返されてきたやりとりだ。
「これおかしいよな?」
百々子が二人に尋ねる。
「もう見慣れたけど、トラは意識してやってんのか?」
明日晴の問い掛けに景虎は真面目な顔で返す。
「いや普通やで」
「オレらと話すときはそうならんやん?」
「確かに」といいながら人差し指を十字にし、次にダブルピースを開け閉めする。
「チッ」
「モモ、ガラ悪〜」
(クソが。こいつ遊んどる)
沙羅と明日晴にだけ百々子のぶすっとした顔が見える。いつも落ち着いているが、表情はころころ変わるので見ていて飽きない。
「そやねんな〜 自分でもそこそこ筋道立てて話すタイプやと思うんやけど。おまえがいつも変やねん!」
「私の話は普通やろ!」
「顔や!」
百々子はニヤッとすると、景虎の右肩に「肩パン」をくらわせた。
(入らんかった)
声には出さなかったが顔に書いている。
「おいコラ。なんでいつも掌底やねん。殺し屋か」
「顔とかいじるな。菜々子に言いなや」
「は? 言うわけないやろ」
当然のことを指摘されて憤慨したとでもいうようだ。
「なんで言わへんねん?」
「モモが言ったんやろーが」
百々子はまた分かりやすく顔をしかめる。5秒ほど黙った後にぼそっとつぶやいた。
「確かに」
頭の中では指を十字にし、ダブルピースを開閉する自分がいた。
「やけど妹ちゃんは何組なんやろ?」
沙羅が話題を変える。
「BBQ盛り上がってんやろ? モモに会いに来たりするんちゃう?」
百々子と景虎が目を合わせる。
「来るか?」
「いや、ないんちゃう?」
「結構クールな感じやで」
(クール……まぁそうかな、ん?)
百々子の顔が少し熱くなる。
「確かに会いに来るイメージはないかな」
「来たらおもろいな」
「昼まで会ってへんのに? こけるわ」
昼食の会話を楽しんでいると、急に教室の空気が変わった。沙羅と明日晴も驚きの表情を浮かべて教室の後ろを見ている。
「姉さん、一緒に食事しよう」
聞いたことのある声に、百々子と景虎がぴったりのタイミングで振り向くと菜々子がいた。
ズコ〜
百々子と景虎は、お互いの頭の中で鳴り響く昭和な効果音がはっきり聞こえるようだった。
菜々子は周りのことなど全く気にしていない様子だ。背が高い上、成人女性のように堂々としているので、生徒たちは圧倒されている。それまで、謎の転校生というネタを楽しんでいたが、目の前にすると軽い気持ちで声掛けすることもできない。
「初めまして。菜々子っていいます」
沙羅と明日晴を交互に見ながらあいさつする。
「姉さん、お友達を紹介してよ」
そう言いながら百々子の左手を掴む。
(えらいフレンドリーやな)
百々子は菜々子の気安い態度に驚き、ポカンとしている。
「姉さんどうしたの?」
菜々子はまるでいつも通りというように、空いている椅子を見つけると、百々子の左手側に持ってきて座った。
「ちょちょちょ、なに自然にしてんの。ちょっと待ち」
百々子はハッとなって制止する。
「なにが?」
「なにがやないねん。いろいろ飛ばしすぎや」
「なにが?」
「なにって?? なんでなにを重ねるかな……なんちゅうかほら、みんなびっくりしてるやろ?」
「それで?」
「それって?? ほらあれや、いきなり過ぎやねん」
「なにが?」
「またなにかよ! もっと段階あるやろ? 行動がレボリューション過ぎやねん」
「レボリューションって、はは」
軽い笑いを浮かべながらぐるりと3人に視線を送る。
(あ! こいつ)
百々子は菜々子の行動にペースを乱されていたが、明らかなからかいで沸点に到達すると、次の瞬間には興奮がリセットされた。
「レボリューションはなぁ」
このタイミングで景虎が入ってきた。
「しょうもないところで入ってくるな。菜々子も、あんた自分のクラスはどうしたん?」
「ん? 3組」
鞄から弁当を出そうとしている。
「3組やってんや……ってそこやない。3組で食事しいや。誰か声掛けてくれたんちゃうん?」
「ん〜 金髪の子に声掛けられたけど、姉さんとこに行くつもりやったし」
(金髪って、はぁ〜)
すぐに思い当たる。
「一条ちゃんやんか」と沙羅が代弁してくれた。
「あんたさぁ、せっかく声掛けてくれてんのに」
困った顔を菜々子に向ける。
「別にいいんじゃない? そんなこと気にしないでしょ。私かって変な気を遣いたくないし」
「ちゃうちゃう。ちょっと3組行くからおいで」
すっと立ち上がると菜々子の右肩をポンポンと叩いた。
「ごめん。またゆっくり紹介するから」
「OK。机片付けとくわ」
沙羅は軽く手を振っている。
「ありがと。ほら行くで」
菜々子は百々子のてきぱきとした動きに引っ張られるようについていく。
「気にしなくていいでしょ? 食べたい人と食べるだけなんだし」
「あんたさぁ、それで毎日うちのクラス来んの?」
「うん」
「アホ。感じ悪いやろ」
「私は気にしないよ」
「私が気にすんねん。自分のしたいようにするって考えは別にええよ。やけども、せっかく声掛けてくれてるなら、それは受けてほしい」
「別にいいのに」
「損するで。すぐに分かるわ」
百々子と菜々子が3組まで来ると、すぐに金髪ギャルが目に入った。楽しそうに食事をしているそのグループに百々子が声を掛けようとすると、一足早く大歓声が起こる。
「ほらそっくりやろ!」
「ほんまや!」
「でもどこが似てるんやろ??」
ワイワイガヤガヤと、金髪ギャルの第一声に生徒たちがどんどんついていく。なんとも楽しげだ。
「え? なになに?」
百々子も雰囲気に飲まれてしまう。
「菜々子さんとモモが似てるって話しててん」
金髪ギャルがフレンドリーに話し掛ける。
「モモどうしたん?」
金髪ギャルは百々子に言葉を振りつつ、なにかに気付いたように菜々子に特大の笑顔を向ける。
「いやその、晴香がこの子昼食誘ってくれたんやろ? この子私の妹やねん」
「え? やっぱそうなんや」
「うわマジで! 晴香すごいな」
「なんで分かるんやろ」
晴香に続いてまた教室中がざわつく。
「一緒に食事していい?」
「いいよいいよ、こっち座りぃや」
晴香は、百々子の言い出すことが事前に分かっていたかのような手際の良さで席に案内する。お誕生席のような形で二人が座る。菜々子は百々子の右側だ。
金髪ギャルの名前は一条晴香。中学2年生からの友人だ。派手でいつも周りに人が集まっていた彼女は、百々子とはタイプが違ったので、最初は接点がなかった。百々子が父の仕事を手伝っていると知った晴香が声を掛けたのが始まりだ。晴香の夢が美容師だということを知っているのは百々子だけだった。見た目のイメージとは裏腹に勉強の成績も良く、高校に入った今も百々子とトップ争いを続けている。
「なんの話してたん?」
「ん? モモと菜々子さん……ナナって呼んでいい?」
滑らかに菜々子に目配せする。
「え? うん。いいよ」
菜々子は意表を突かれたような表情だ。
「じゃあナナね」
ニコッとすると続ける。
「えっとね、モモとナナが双子じゃないかって話してた」
「嘘でしょ? なんで分かるん?」
百々子の驚きようはなかなかのものだ。
「はは、うちもびっくりしたで。パッと見で似てるって思ったから姉妹かめっちゃ近い親戚? かなって。やけど、親戚にしては似過ぎやし、姉妹やったら年齢的に双子かなとか考えて」
「で、当てたん?」
「ぶっちゃけ双子は言っただけで、そうやとは思てへんかったけど、ハハハ」
「すごいな」
百々子は心底感心した。菜々子も度肝を抜かれたのか目を見開いて興味津々で話を聞いている。
「似てんの?」
「似てる似てる」
そう言いながら百々子と菜々子を見る。
「なぁモモ、食べたら髪触っていい?」
「え? うん、いいよ」
百々子は平静を装っていたが、口角がふっと上がることに菜々子は気付いた。
「モモちゃんいいな〜」
ガヤガヤと羨ましそうな声が響き渡る。
3組の楽しい雰囲気に菜々子もすっかり飲まれたようで、さっきまで姉と食べると言って譲らなかった菜々子も、今はクラスの輪に溶け込んでいる。生徒たちも菜々子がいることを当たり前と感じているのか、謎の女を特別視する空気はない。
食事が終わると、晴香が百々子の髪をセットし始めた。晴香の施術が有名なのか、クラス全員が注目してまるで見せ物のような状況だ。目立つことが好きではない百々子だが、満更でもないのか自信満々な表情をしている。
晴香はとても手際がいい。
「私とあの子ってどこが似てんの?」
菜々子を見ながら尋ねる。
「そうやなぁ」
晴香は菜々子を一瞥してから百々子を見直す。
「髪の毛と目は全く同じやな」
「え? 嘘やん。髪は、う〜ん、まぁ似てるかもやけど、目なんてぜんぜん違うやん。あの子はなんかキリッとしてるやろ?」
「まつ毛の生え方ちゃうかな」
「生え方?」
「そうそう。モモは目の四方に花開くように生えてるけど、ナナは目尻に向かってシャキーンって流れ星みたいに生えてる。二人とも大きな丸い目と長くてフサフサなまつ毛は同じやで」
「そうなんや。ぜんぜん違うと思ってた」
「印象は変わるよ。うちかってこんなギャルなってるんやで、ハハハ」
「晴香は化粧とか上手いやん。はぁ、私もシャキーンとした目が良かったわ」
「そうなん? うちはモモの目、可愛くて好きやで」
また横から覗き込むと、自分のイメージを確認してから話を続ける。
「めっちゃ明るくてハッピーな印象やで。ヒマワリみたいな感じ」
その言葉に百々子は心が温かくなるのを感じる。ギャル風に言えばテンションもアゲアゲだ。
「嬉しい。晴香、なんでそんな表現できるん?」
「なにが?」
「私ヒマワリ好きやねん」
「私も好きやで。もうちょっとでシーズンやな」
咲き誇るヒマワリ畑を想像しているのか夏を感じる笑顔だ。
「ちゃうって。なんでそんな嬉しい言葉思いつくん?」
「別に。イメージをそのまま言っただけやで。分かりやすいやろ?」
確かにこの頭の良い友人との会話で、分からなかったりストレスを感じたりしたことはない。
「分かりやすいよ。それに嬉しい」
「そう? なら良かった」
そう言いながら手鏡を渡す。
百々子は、まさしく良きタイミングで渡された鏡を覗くと、綺麗に編み込まれたシニヨンが目に入る。首周りがすっきりし、まさにヒマワリのような明るい印象を放っている自分を、うっとりした表情で見つめている。周りの生徒たちも、嬉しそうな百々子を見ながら、素晴らしい劇を観劇した後の余韻に浸っているようだ。
「ナナも今度触らせてね」
「うん」
菜々子はすっかり魅了されたのか、晴香の呼び掛けに、パブロフの犬のごとく心ここに在らずの返事をした。
「ありがとう晴香~」
百々子は情感たっぷりに感謝を述べる。中学のころから何度もしてもらっているのに、毎回新鮮な幸せを感じる。慣れない幸せというのは、究極のハッピーだ!
「晴香~ 私もして~」
「オレもしてほしいかな」
百々子が終わったと見るや、どっと集まってくる。オシャレに興味ありのパリピ男子2人が違和感なく混ざっていたが、なかなかすごいことではないだろうか。
「モモ、また触らしてな!」
晴香が百々子に手を振ると、そのまま友人たちのセットに移った。
菜々子は、なにかのステージを観ているように、少し口を開けてぽかんとしている。
「菜々子? 菜々子?」
「……ん、なに?」
「なにやないよ。私クラス戻るし、あんたも仲良くやりや」
「うん、そうする」
菜々子はそう言うと、晴香を囲む輪の中に入っていった。
(そやねんな~ 晴香を知ったらどんどん好きになる。あの子も楽しくできるやろ)
百々子は、自分がお姉さんらしいことをしたと思い、すっかり良い気分になっていた。実は、晴香にしてもらった髪型のおかげでアガっていたことにはまったく気付いていなかった。
「浮かれポンチやな」
1組に戻ると、沙羅がニヤニヤしながらからかってきた。
「なにが?」
「モモが一条に髪の毛セットしてもらってウハウハで帰ってくるって話しててん」
景虎もニヤニヤしている。
「は? ちゃう……ことないけど、ちゃうわ」
「沙羅はやっぱよく分かってるな」
「アッスンもその顔やめてくれへん」
百々子は急な展開に耳を赤くしたが、クラス中から視線が集まっていることは嬉しかった。羨ましそうなひそひそ声も気持ちがよい。
「一条ちゃん、やっぱ上手いな~」
沙羅がため息を漏らす。
「ほんまに」
「妹ちゃんは?」
「あ、仲良くやりって言ってきた」
「あんた、なにしに行ったん?」とからかう。
「一緒にご飯食べたやん」
「ん~ ま、それが一番ええか」
一条晴香の人間性を考えると、百々子のしたことが正解なのだろう。
「髪もしてもらえてラッキーやったわ」
「それが一番になってるやろ? いいよな~」
「沙羅はしてもらえへんの?」
「中学の時にお願いしたけど、『沙羅ちゃんはないわ~』って言われたわ」
「なんで?」
「さぁ、この髪型が一番似合ってるんやて」
「へ~ でも確かにそうやん」
「一条って、よく観察してるよな」
明日晴が入ってきた。
「それはそう」と百々子が同意する。
「しかも、あいつめっちゃ絵うまい」
「そうなん? なんでそんなこと知ってんの?」
沙羅が少し前のめりに聞き返す。
「中学の時、休み時間に見たことあんねん。で、聞いてみたら、雑誌とかテレビとか映画とかで気になったら描くって言ってた」
「そうなんや。知らんかったわ」
百々子は驚いた顔をする。
「なんかさぁ、絵に描く時にめっちゃ分析するみたいで、それが楽しいんやって。ただ、自分では絵が上手いとは思ってへんからあんま言ってないんやて」
「よくご存知のことで」
沙羅が冷めた目を明日晴に向ける。
「オレも沙羅はその髪型がいいと思うで」
「なに言ってんのあんた!」
沙羅は明日晴に背を向け、話を断ち切ると話題を変えた。
「妹ちゃんもしてもらったん?」
「そうそう。そこが一番大事や」
景虎がすごい勢いで入ってきた。
「圧がすごいねん、あんた。私のあとはクラスの子が集まってたし、どうやろか?」
「やっぱ真打がやってもらわんと」
「ちょ、待て。私は前座か!」
「…………はっ!」
少しためてからこれ見よがしに驚く。そして、少し真面目に続ける。
「せっかくやし、交流してほしいやん」
「それは……そう」
一瞬で牙が折れる。
「モモさ、オレが下心ばっかやと思うなよ」
冗談に見せたいのかどうかよく分からなかったが、決め顔で「コロン」と舌を鳴らす景虎に、すっかりペースを持っていかれた。
「分かった分かった。ごめんやで」
* * *
「うひょ~」
景虎が漫画みたいな奇声を上げる。
(ルパ◯三世か! ふざけやがってこいつ。なんの伏線回収や。さっきの話はなんやってん)
放課後、校門で待っている菜々子の髪型は、少し幼い感じのツーサイドアップになっていた。
「ナナちゃん、めっちゃいいやん」
景虎がテンション高く褒める。
「ありがとう」
菜々子も満更でもない様子で、景虎に満面の笑みを返す。景虎は菜々子の笑顔を独り占めするように百々子の右1歩前に出ていた。
「二人は?」と、菜々子がそんな景虎をかわすように左側からひょっこりと顔を出す。
「アッスンと沙羅?」
「うん」
そして、百々子と景虎の間に入ると、3人並んで歩き出した。
「なんかやることあるみたいやで。またゆっくり紹介するよ」
「そう」と髪の毛を触る。
「なにあんた? それ見せたいん?」
「え? まぁ、そうかな」
「へぇ~ あんた結構フレンドリーなタイプやな」
「菜々子ね」と釘を刺す。
「あ、ごめん」
「姉さんの友人なら仲良くなりたい」
「そう……ま、楽しそうで良かったわ。どう? 言った通りなったやろ?」
百々子がこれ見よがしな表情で詰め寄る。
「……ん、うん。そやね。晴香もクラスの子もいい人やった」
クスクスと小さく笑った百々子は満足そうだ。
「なぁトラ、私らの髪型どう? 具体的に答えて~や」
「は? モモのは死んでも答えたないわ」
「なんちゅう拒絶やねん。ふざけんな!」
「トラくん、私はどう?」
菜々子は右手で髪をゆっくり触りながら流し目を送った。百々子からは見えなかったが、景虎の反応は殺意を抱くには十分だった。
「サイコーです!」
景虎のドヤ顔サムズアップは一体誰に向けられたのだろうか。これは確かにやっちゃっていい……はずだ。
「なぁトラ」
百々子が菜々子の横からそろりと現れたからか、景虎はちょっと驚いた反応を見せた。不気味な百々子の笑顔にハッとする間もなく、目をまん丸にして、声にならない声を上げた。
「ふざけんなコラ。なんでジョイやねん」
ジョイとは、百々子たちの地元で太ももへの膝蹴りを指す言葉だ。
「答えたないなら死んどけ」
百々子はジョイが入った気持ちよさにすっかり満足した。一方、景虎も思わぬボーナスがあった。菜々子が景虎の様子を見て手を差し出してくれたのだ。しかもその表情に心配の色が浮かんでいたものだから、すっかり有頂天になり、ちゃっかり手まで握ってしまった。
「姉さん、やりすぎ」
百々子は景虎が嬉しそうな表情をしていることに一瞬イラッとしたが、菜々子がまた一つ近くなったように感じて嬉しくもなった。
「楽しくいこな」
「そうね」
百々子はスマホを取り出すとインカメラで写真を撮った。
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